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クレイン・トータス新聞

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熱風の記憶 人と人との繋がり

2025-03-01
新聞
 昨年夏、インドへ渡航した。個人的な取り組みである空手が縁となり、私の通う道場のインド支部から指導者として招聘された。
 ヒマラヤからインド洋まで広がる広大な国土を持ち、その面積は日本の約9倍。人口は14億人を超え中国を上回り現時点で世界一位。多様な民族、言語、宗教が息づくこの国は、近年IT産業を中心に目覚ましい経済成長を遂げ、世界で活躍するCEOたちを数多く輩出している。
 今回の滞在では約一週間にわたって南インド各地を巡り、千名を超える生徒たちに空手の指導を行った。空手と移動の日々で観光はほとんどできなかったが、現地の家庭的な雰囲気の中、共に汗を流し、食卓を囲むことで、インドの人々の暮らしを体験できた。
 インドに降り立った瞬間、熱気に圧倒された。それは気候的なものだけではなく、国全体、人々から沸き上がるエネルギーだった。パワフルでギラギラとした熱気。しかし、その中にどこか懐かしさも感じた。初めて訪れた国なのに、なぜだろうか。
 埃っぽい空気。そこかしこに人だかり。犬や牛が悠然と道を歩く。町は常に賑やかを通り越し、もはや喧騒。車やバイクがひっきりなしに走り、バスの運転手は大きな声で行き先を叫ぶ。昼夜問わずクラクションが鳴り響き会話もままならない。その騒音に負けじと大きな声で話すので町全体が常に騒がしい。
 市場や商店では、人々が親しげに会話を交わす光景が日常的に見られる。日本では、こうした光景は減少傾向にある。特に若者を中心に、対面でのコミュニケーションに苦手意識を持つ人が増えていると聞く。直接的な会話を避け、音声通話やテキストメッセージでのやり取りを好む傾向があるようだ。もちろん、これも現代のコミュニケーションの形だろう。しかしインドは違う。日本と同様にITツールが普及しているにもかかわらず、人々は積極的に対面コミュニケーションを楽しんでいる。なぜ、インドでは対面コミュニケーションが希薄にならないのだろうか。家族や地域社会との強い繋がり、開放的な雰囲気が背景にあるのだろう。日本では個人のプライバシーを尊重した閉鎖的な傾向がある。国民性と言ってしまえばそれまでだが、この違いはどこから生まれるのだろうか。
 街には若者がひときわ目につく。インドの平均年齢は28・2歳と、日本の48・4歳よりも若い。街にあふれる若者のエネルギーこそが、この国の活気の源泉なのだろう。一方でインドの平均寿命が約70歳ということもあってか、全体的に高齢者の割合が少なく、日本の風景と対照的に感じた。
 インドの人々は人懐こく距離感が近い。街を歩けば頻繁に声をかけられる。最初は警戒したが、彼らはただ話したいだけなのだ。こちらが何も聞いていないのに、自分の今日の予定や家族の話を嬉しそうに語り始めたり、一緒に写真を撮ろうと言われたり。一人に応じると終わりなく次から次へと人が現れる。その遠慮のない馴れ馴れしさに、時には辟易することもあった。
 常識が通じず面を食らってばかりの日々。仲良くなった青年が「インドではよくあること」と笑う。その言葉で楽になった。諦めと受容。細かいことにこだわらず、受け入れる。それがインドを快適に過ごすための秘訣だと学んだ。
 日本では「他人に迷惑をかけてはいけません」と教えるのが一般的だが、インドでは「他人に迷惑をかけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい」と教えるそうだ。この受容力に温かみを感じた。(そのせいで理不尽な目にもあったが)細かいことにこだわらず、時にはルールが存在するのかさえ分からないようなスタイルは、効率や正確性を重視する現代の日本社会にそのまま取り入れることは難しいだろう。しかし、常に周囲の目を気にしながら、正しい道だけを慎重に選び、どこか窮屈に生活している日本人にとって、新しい視点を与えてくれるような気がした。
 温かさという点で言えば、インドで多くの親切に出会った。例えば、私がタクシーで移動中、路肩でパンクしたバイクを見かけると、運転手は迷うことなく車を停め、声をかけ、助けが必要か確認する。別の場所で事故の現場に遭遇すると、立ち止まり声をかける。仲間なのか他人なのかは分からないが、互いに笑顔で言葉を交わし自然と助け合う光景は、見ていて心が温まり「何か良いな」と素直に思った。(こういったやりとりが何回もあり目的地へ到着するまで時間がかかるが苛立ってはいけない。インドではよくあること…笑)
 私自身も滞在中に多くの親切に助けられた。特に忘れられないのは、最終日、帰国するための飛行機が台風で欠航となり、予定外の足止めを食らってしまった時のこと。せっかくなので一人で街を散策していたのだが、配車アプリで呼んだタクシーが、反対車線に停まってしまったのだ。目の前には、車が途切れることのない片側3車線の大通り。どうすることもできずに困っていた時、一人の青年が声をかけてくれた。事情を説明すると、「運転手の電話番号を聞き出して。私が電話して、こちらに来るように交渉します」と言って、自分のスマホを取り出した。そして数分後にはタクシーが目の前に到着したのだ。見ず知らずの外国人に、親身になって助けてくれることに感動と感謝の気持ちでいっぱいになった。今年の仕事始め式で、理事長が「困っている人がいたら、自分にできる小さなことでもいいから手を差し伸べてほしい」と話されていたが、正にその通り。些細なことでも、困っている人にとっては大きな助けになる。それを身をもって知った。
 インドは新鮮な驚きの連続だった。これまで訪れたどの国とも違う、エキゾチックで騒がしく、圧倒されるようなエネルギーに満ちた場所だった。中でも人々の熱気と活気は、最初から最後まで強烈な印象を残した。良くも悪くも人間の生命力そのものを感じさせる国だと思う。予定通りにいかないことばかりで戸惑ったが、それはこの国が機械やシステムではなく、人の手で、人の想いで動いている証拠なのだろう。だからこそ何か不都合があっても、どこか憎めず温かい気持ちになれたのかもしれない。それがあの「懐かしさ」の正体だったように思う。喧噪で混沌としてはいるが、かといって誰もが忙しそうにしているわけではなく、マイペースでのどかな雰囲気が漂う街並みは、どこか懐かしい日本の風景と重なった。
 インドという国を一言で表現するなら、やはり多様性という言葉がしっくりくる。14億を超える民族、言語、文化、思想、宗教が共存する国でありながら、その多様性をただ主張するだけでなく、互いに受け入れ、尊重し合う懐の深さ。そして、それが自分たちの意志によって保たれていることこそが、インドの最大の特徴なのかもしれない。多様な価値観の中、お互いを認め合い、各々が適した場所で活躍している。そんなバラバラに見えながらも、なんとなくまとまっている不思議な一体感が、インドの魅力だと感じた。
 インドでの日々は、私にとって大きな学びとなった。常識や価値観が異なる場所で、人はどのように生きているのか。多様性とは何か。そんなことを考えさせられた。そして、混沌とした街並みの中に息づく、人々の優しさ、温かさ。それこそが、私がインドで得た最も大切なものだった。人と人との繋がり、温かい心の交流こそが、豊かで幸せな人生を送るための鍵だと信じている。
 クレインやトータス、げんき館も、多様な人々が共に生きる場所だ。決して独りじゃない。スタッフの情熱、ご利用者の笑顔、そして地域との繋がり。それらが一つになればインドの賑わいにも負けない、温かく活気に満ちた場所になるはずだ。自分らしく安心して過ごせるよう、そして人が人としての温もりを分かち合える場所であり続けよう。

特別養護老人ホームトータス
事務長 伊藤 緒里望

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