クレイン・トータス新聞
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漢方の話 其の一
2026-03-01

私がクレインに勤務したのは、平成24年(2012年)から。翌25年4月から昨年3月まで、施設長として勤めさせて頂いた。職員の皆様方のご支援に支えられた14年間だった。しかし私は来月4月で94才になる。器械に例えればとっくに耐用年数を過ぎている。現在では足が少し不自由なため、皆様にご迷惑を掛けているが、これ以上お掛けするわけにはいかない。そろそろ引き際を考えねばと思っている。
私はクレインで特に自慢できる様な事はしていないが、一つだけ変わった事としては、治療に東洋医学(漢方)を使用する例が多めだったかなと思っている。そして、その理由等に関して、少し書き残しておこうと考えた次第である。
私が現役の時代は外科医、その後は千葉県で2番目に古い心臓外科医であった。私は心臓外科を始めてから少し経って、漢方薬を使う様になっていた。そして何故漢方? と多くの医者仲間から訝かされていた。
昭和41年に、私は千葉大の香月教授の教室から鶴舞病院に赴任した。それ以前の昭和36年頃より鶴舞病院では心臓手術を始めており、その度に鶴舞病院に出掛けていたが籍は大学にあった。
鶴舞病院の薬局に、妙齢の大変美人の薬剤師Mさんが居た。このMさんが典型的なバセドウ氏病で、千葉大に通院していた。メルカゾールをかなり多めに服用していたが、なかなか良くならない。こちらは外科医なものだから、手術しちゃった方が等と無責任なことを言ったりした。その時、ふと大塚敬節氏の一般向けの著書『漢方と民間薬百科』(主婦の友社発行)の中の炙甘草湯について解説してある一節を思い出した。この本を偶然に東京駅の中の書店で買って間もなくだった。漢方の煎じ薬を飲んでみる気はある? と聞いた所、試してみたいという。その頃、千葉大学病院のすぐそばで、葛城町に入る入口付近に、町田和漢薬店という漢方薬の店があった。そこの主人に、炙甘草湯を二週間分調合して貰った(処方の詳細は後述)。私のポケットマネーで払ったが、今考えてみると随分安かったような気がする。服用し始めてから、先ず汗の出方が減ってきた。震えも急激に良くなった。非常に調子が良いということで、メルカゾールはどんどん減量し、中止した。炙甘草湯は三ヶ月位服用したが、甲状腺腫も殆ど目立たなくなり、検査値も正常で治癒となった。これに味をしめて、何例かバセドウ氏病、あるいは甲状腺機能亢進症にこの方剤を使って見た。エキス剤が出てからは、当然エキス剤を使うことが多かったが、この例ほどドラマチックに効いた例はそう多くない。
炙甘草湯の使用目標は、脈結滞し、心動悸する証、又は虚労不足、汗出でて悶え、脈結悸して行動常の如き証となっていて、バセドウ氏病の第一選択では無い。この疾患に関しては、漢方では他に、柴胡加竜骨牡蛎湯、柴胡桂枝乾姜湯、加味逍遙散、白虎加人参湯、その他、証に応じて用いる処方がある。
3才男児の例
昭和41年後半の経験例である。私が手術した、先天性心疾患の男の子(3才)がいた。鶴舞病院の近くに生家があり、病名は心内膜床欠損症。別名を心房中隔一次孔欠損というものであった。その頃の鶴舞病院での心臓外科の方法は単純超低体温法と言って、特殊な全身麻酔(エーテル深麻酔)の下に、全身を氷を敷き詰めた冷水に浸し、体温を20℃あるいはこれ以下まで冷却する方法を行っていた。(岩手医大で岡村氏が開発。その後、岡村先生は鶴舞病院に赴任された。)脳も心臓も代謝が大幅に減少するため、約1時間までの循環停止が可能であった。この患児の手術は、心房中隔の下部にある大きな欠損孔を合成繊維のパッチで閉鎖し、僧帽弁の割れている部分(幸いこの例は軽かった)を縫合した。予定よりも余分に時間を要したが、手術は無事終了した。患児は術後、意識が恢復するのに少し時間を要したが、経過は悪くなく、元気になった。しかしここで思わぬ事が起こった。もう少しで退院かという時になって、激しい頭痛が起こる様になった。毎日ではないが2~3日一度位に起きたような気がする。しばしば食べたものを吐いた。当時に勿論CT等は無く、脳波検査では異常が見られなかった。幾つかの薬を使用したが発作を止めることが出来なかった。先の炙甘草湯の経験から大塚敬節氏の漢方の専門書を手に入れ、折に触れて読んでいたが、その中から呉茱萸湯という方剤(処方)を生薬(煎じ薬)で試みた。文中に裏に寒飲がある頭痛には、温める作用のある呉茱萸を主薬とした呉茱萸湯を云々というくだりがあり、そのほかの疾患にも使われる症状にかなり近いと考えた。又、もう一つは、寒ということに引っかかった。低体温は正しく外寒が、何か関係ありそうだと勝手にこじつけた。これが効いた。なんとこれを飲み始めて全く頭痛が起きなくなった。かなり後になって気がついたのであるが、この呉茱萸湯は生薬(煎じ薬)では勿論、後で製品化されたエキス剤でもかなり飲みにくい(不味い)薬である。しかしこの子はあまり嫌がらずに飲んでいた様な気がする。証が合っている場合は、服用しにくい薬でも患者は飲みにくいとは感じない場合が多いと、その後いくつかの漢方関係の書で眼にしたことがあるが、この場合もそうだったのだろうか。この薬を退院後もしばらく服用させて終了とした。十数年前、調理師になって元気に働いている本人と逢った。発作性頭痛は全く起きないということであった。その後、手術とは関係無く、偏頭痛や発作性頭痛に、寒がる、あるいは冷えるを目標にして使用した。証が合えば非常に良く効く漢方である。呉茱萸の果実、人参、大棗(なつめと実)、乾姜の四つから成る簡単な処方である。
知人の祖母の例
次ももう40年以上前の話である。私の父が生前元気な頃、一時痛風発作を起こしたことがあった。私が数日の夏休みを取り、田舎に帰省した折、父に飲ませるつもりで、当帰拈痛湯という方剤(生薬)を一ヶ月分位持って行った。当時鶴舞病院は、薬局の厚意で、生薬もかなりの種類を置いてあったのである。幸いこの時には父の痛風は治まっていたため、父にはすぐには使用しなかった。実家に帰るといつも訪れる親しい知人の家があり、そこで近くの県立病院から帰りの途中だという人に会った。その人の祖母が痛風がひどく、入院して治療を受けているが、傷みが激しくて夜も眠れないという。そこでこの当帰拈痛湯の数日分を渡し、1日か2日分を煎じて飲ませてみたらということになった。その人はすぐに、私に言われた通りに煎じて、その日の夕食後に、少し多めに服用させたそうである。翌日早速報告があった。昨夜は痛みも殆ど無く熟睡出来た。しかも足の赤い腫れも殆ど目立たなくなり、当人はもう退院すると言って家の者が困っているという。この後すぐ、この病院の副院長のS先生から電話がきた。患者が隠しきれずに主治医のS先生に事情を話してしまった。S先生は私の父とも親しく、私も良く存じ上げている大変真面目な先生であった。「中村さん! 一体何の薬を飲ませたんだね?」というのがS先生の第一声であった。ところでこの方剤は、この件の以前から鶴舞病院の何例かの痛風の患者さんに試用し、およそ90%に効果を見ていた。薬局が暇なときに、この方剤(十五種類の生薬から成る)を作り置きして貰い、外科部長に痛風でこの方剤を服用することに同意した患者さんに試して貰ったのである。私がこの方を知ったきっかけは、やはり大塚敬節氏の『症候による漢方治療の実際』で、この方についての解説にかなり好奇心を揺さぶられたのが始まりである。全文は長くなるので少しだけ所々紹介すると、引用文で「これは至って良方で、世にはこの方の証が多くあるものである。(中略)それは足にでき物が出来て赤く腫れるものである。これは元来湿熱からくるもので、美食家で脾胃の湿熱の盛んな人に多くあるものである。(中略)この症を見たら、別に局所をいじることをせず、この方を用いると自然に消散して良くなるものである云々とあり、又、続いて伊良子氏の家では先代よりよく使い覚えて、相伝えられたのである。(中略)自分もそれ以来、度々このような症に遇って、この方を用いて奇効を得た。(中略)これは秘法である。謹んで他人に漏らしてはいけない。(後略)」
当帰拈痛湯はもともと痛風だけの方剤では無く、四肢関節赤腫熱痛、関節リウマチ、下肢の皮膚病、脚気、疥癬内攻などに応用されることとなっている。参考のために本方の組成を記しておく。当帰、羌活、葛根、防風、蒼朮、人参、白朮、猪苓、沢瀉、知母、黄芩、茵蔯、甘草、苦参、升麻
次回に続く!
医師 中村 常太郎





